マイナスかけるマイナスはなぜプラスになるのか(3)


〔2006.09.13記〕

正負の量の定義(負の量とは正の量と反対の性質を持つ量である)は、「負の運動とは正の運動と反対方向への運動である」とか「負の働きとは正の働きと反対の働きである」といった形で運動や働き・操作…などにも拡張される(たとえば「前進する⇔後退する」「増える⇔減る」「貸す⇔借りる」「加速する⇔減速する」…など)。

中学一年生の「正負の数」の章では上の拡張された形態の定義についても学ぶ。そしてそのこと自体に疑問を抱く子供はほとんどいない(むしろ当たり前であると受けとめる)。問題は量と運動(操作)とを組み合わせた表現である。これも大多数の子供はつまづくこともなく進むが、ここは丁寧にやる必要がある。「気温が +3度 下がった」=「気温が −3度 上がった」のように量・運動を組み合わせた表現をきちんと理解する必要があるからである。「−5m 前進する」=「+5m 後退する」や「−5リットル 増える」=「+5リットル 減る」「西に +5m 後退する」=「東に −5m 後退する」の意味が論理的に理解できれば、後で正負の数の加減を学ぶときに「プラスの数を引く」=「マイナスの数をたす」・「マイナスの数を引く」=「プラスの数をたす」の意味を、タイルを使った説明と合わせて論理としても直観としても理解できるはずだからである。

このことは正負の数の乗法についてもいえることである。しかし、かけるという操作(演算)はたすという操作(演算)とは構造が異っていることに注意を払わないと訳がわからなくなる。

「マイナスかけるマイナスがどうしてプラスになるのか」という疑問はよく耳にするが、「プラスかけるマイナスはどうしてマイナスになるのか」という疑問はほとんど聞こえてこない。なぜかというと、「マイナス×マイナス⇒プラス」が理解できない人たちは、「プラス×マイナス⇒マイナス」も本当は理解できていないにもかかわらず、そのことに気がついていないからである。

どうしてそうなるのか。正負の数のかけ算を符号にだけ注目して整理すると次のようになる。とてもすっきりとした結果である。


(1)  ×  ⇒ 

(2)  ×  ⇒ 

(3)  ×  ⇒ 

(4)  ×  ⇒ 

(1) と (2) は「かける(+の数)」を「累加する働き」と考えて、小学校のかけ算の延長上で理解できる。しかし、(4) が理解できないのは「かける(−の数)」が「累加する働き」の反対の働きすなわち「累減する働き」であることに気がついていないからである。だから本当は (3) も理解できないはずなのである。にもかかわらず (3) の「プラス×マイナス⇒マイナス」が分かったような気がするのは、交換法則のせいである。小学校のときに、a×b=b×a が成り立つことをすでに学んでいるから、正負の数のかけ算でも交換法則が同じように成り立つと思いこみ、(2) が成り立つなら (3) も無条件で成り立つと判断してしまったのである。ところが正負の数のかけ算で交換法則が成り立つのは、(2), (3) がともに成り立つという条件が満たされた結果から出てくる性質なのである。つまり、この時点ではまだ交換法則が成り立つかどうか分からないのだから、(2) が成り立つからといって (3) が成り立つとはいえないのである。

そんな風に (3) がなんとなく正しいと納得した状態で (4) を見るととても理不尽なものに思える。しかも学校や塾における (3), (4) の説明は分かりにくい。結局、(3) は交換法則で納得してはみたものの、(4) についてはもやもやを残したまま「異符号どうしのかけ算はマイナス、同符号どうしのかけ算はプラス」ということを丸暗記するだけで終ってしまうわけである。ただし、説明抜きで最初から天下りに丸暗記させる先生もいるし、ネット上には「マイナス×マイナス=プラスは公理である」などという主張も見られるから一概に説明が分かりにくいからというわけでもなさそうだ。

というわけで、正負の数のかけ算は次のように整理した上で、「異符号どうしのかけ算はマイナス、同符号どうしのかけ算はプラス」と覚えるべきである。そして、その結果として、正負の数の乗法でも交換法則が成り立つことを理解しなければならない。


(1) (+の数) かける(+の数)(+の数) を累加する ⇒ (+の数) になる

(2) (−の数) かける(+の数)(−の数) を累加する ⇒ (−の数) になる

(3) (+の数) かける(−の数)(+の数) を累減する ⇒ (−の数) になる

(4) (−の数) かける(−の数)(−の数) を累減する ⇒ (+の数) になる

「マイナス×マイナス⇒プラス」が理解できないという人たちの中に「借金×借金がなぜプラスなのか。借金に借金を重ねたら借金が増えるだけではないか」という人がいた。この人はかけ算の意味(構造)が分かっていないだけでなく、「借金に借金を重ねたら借金が増える」の部分が負の数どうしのたし算であることに気がついていない。身の回りにある現象・事象のなかでかけ算で表わせるのは「(1あたり)×(いくら分)」か割合の問題つまり「(ある量)×(倍)」(これには歩合や百分率の計算も含まれる)がほとんどである。これらは正の数をかける場合は累加となり、負の数をかける場合は累減になる。ところが面積や体積を求める場合には長さどうしをかけることになるが、この場合には負の数をかけることはない。「貸与金×貸与金」とか「借金×借金」のような現象・事象はないのである。「5万円×8万円=40万円・万円」や「(−5万円)×(−8万円)=40万円・万円」にどんな意味があるというのだろうか。