「言語」・「ことば」の語義


〔2006.07.15.記〕

いまさらながらであるが、「言語」・「ことば」とはなんであろうか。私の認識を述べる前に手もとにある辞書からその語義(意義)を調べてみよう(偏った選択であることは承知の上で)。なお、用例は省いた。


CD−ROM版『広辞苑第四版』岩波書店

げんご【言語】:(1)音声または文字を手段として、人の思想・感情・意志を表現・伝達し、また理解する行為。また、その記号体系。ことば。 (2)〔言〕(langue フランス) ソシュールの用語で、ラングの訳語。

ことば【言葉・詞・辞】:(1)意味を表すために、口で言ったり字に書いたりするもの。語。言語。…… (2)物の言いかた。口ぶり。語気。…… (3)言語による表現。…… (4)言葉のあや。事実以上に誇張した表現。 (5)文芸表現としての言語。詩歌、特に和歌など。「―の道」 (6)謡い物・語り物で、ふしのつかない部分。また、歌集などで、歌以外の散文の部分。 (7)物語などで、地の文に対して会話の部分。

大辞林三省堂・1988年発行)

げんご【言語】:(1)思想・感情・意志などを互いに伝達し合うための社会的に一定した組織をもつ、音声による記号とその体系。また、それによって伝達し合う行為。文字の使用を含めていうこともある。ことば。ごんご。げんぎょ。 (2)〔ソシュールの言語理論を翻訳する際に小林英夫の用いた語〕「ラング(フランス langue)」の訳語。

ことば【言葉・詞・辞】:(1)人の発する音声のまとまりで、その社会に認められた意味を持っているもの。感情や思想が、音声または文字によって表現されたもの。言語。 (2)ものの言い方。ことばづかい。…… (3)言語を文字に書き表したもの。文字。 (4)謡物・語り物の中でで、節をつけない部分。 (5)和歌。 (6)意味。理性。ロゴス。 (7)(「てにをは」に対して)体現・用言などの総称。詞(し)。 (8)語気。ものの言いぶり。…… (9)ことばのあや。たとえごと。…… (10)枕詞。

『日本語大辞典第二版』講談社

げんご【言語】:音声または連続文字を用いて思想・感情・意志などを伝えあう体系。また、その行為・ことば。種族または民族によって違うが、形態から、孤立語膠着語屈折語抱合語にわけることもある。

ことば【言葉・詞・辞】:(1)人間が考え・感情を他の人に伝えるために用いる特殊な音声や、それを記した文字。言語。language (2)単語や語句。word; phrase (3)話されたひとまとまりの文。話。speech (4)ことばづかい。言いよう。expression (5)語り物・謡物などで、対話など、節をつけずに語る部分。dialogue

『国語大辞典第一版』小学館

げんご【言語】:人間の思想や感情、意志などを表現したり、互いに伝えあったりするための、音声による記号、またはそれを写した文字。また、その体系によってものをいう行為。ことば。

ことば【言葉・詞・辞】:(「こと(言)は(端)」の意)社会ごとにきまっていて、人々が感情、意志、考えなどを伝え合うために用いる音声。また、それを文字に表したもの。 (1)話したり語ったり、また書いたりする表現行為。…… (2)ものの言いかた。口のききかた。話しぶり。 (3)たとえて言ったこと。言いぐさ。 (4)表現された内容。(イ)口頭で語った内容。話。語り。(ロ)発言されたもの、記載されたものを問わず、一つのまとまった内容を持つ表現。作品。(ハ)文字で記されたもの、特に手紙をさしていう。 (5)うた(特に和歌)に対して、散文で書かれた部分。歌集では詞書(ことばがき)の部分。……(7)種類としての言語。国語。 (8)用語。語彙。(イ)語句。単語。(ロ)連歌などで「名(体言)」「てにをは」とともに、語彙を三分した一つ。主に今の「用言」をさす。(ハ)「てにをは」に対して、体言、用言をさした称。……以下略

新明解国語辞典第四版』三省堂

げんご【言語】:「言葉」の意の字音語的表現。

ことば【言葉】:〔「は」は端の意〕(一)その社会のメンバーが思想・意志・感情などを伝え合うために伝統的に用いる音声。また、その音声による表現行為。〔広義ではそれを表わす文字や、文字による表現及び人工語・手話語をも含む〕 (二)〔地の文と違って〕〔小説・戯曲の〕会話(文)。 (三)歌劇や語り物で、節を付けずに説明的に言う部分。 (一)の一部は「詞・辞」とも書く。また(二)(三)は「詞」とも書く。

明鏡国語辞典(初版・大修館書店)

げんご【言語】:(1)音声や文字を媒体にして、人間が意志・思想・感情などを表現したり伝達し合ったりするのに用いられる記号の体系。またそれを用いて思考・表現・伝達を行う行為。世界に三〇〇〇以上の言語があると推定され、それぞれ独自の語彙・音韻・文法をもつ。音声を介する物を音声言語、文字を介するものを文字言語という。……以下略

ことば【言葉・詞・辞】:(1)人間の言語。社会的に決められた音の組み合わせで、意志・思想・感情などを表現するもの。広くは、文字によるものもいう。…… (2)単語。また、語句。……以下略

新明解国語辞典第四版』の説明は小気味よい。「言語」と「言葉」とはその語義が重なっている、というのはある意味納得できる。『国語大辞典第一版』はちょっと古い版であるが、これも「言語」「言葉」の語義が重なっているという解釈とみていいだろう。この二つは「言語」「言葉」ともに表現であるといっている。

他のものは、「言語」をソシュールの言う言語(langue)――記号の体系――または、言(parole)ないし言語活動 (langage)――行為――の両義を持つものと説明し、「言葉」は表現された音声言語や文字言語であると説明しているといっていいだろう。『広辞苑第四版』と『大辞林』はソシュールの langue が(小林英夫によって)「言語」と翻訳されたことに触れ「言語」の語義としてこれも合わせて採用している。

私は三浦つとむの『日本語はどういう言語か』に出会うまでソシュールを知らなかったし――当時の言語学は比較言語学が主流であったと記憶している――、今日に至るまで構造主義ポストモダンとよばれる思想には興味がなかったので、私の「言語」「言葉」ということばの日常的使用法は『新明解国語辞典第四版』や『国語大辞典第一版』に近い。また、私は言語は表現であるという立場に立っているので言語学的な思考や表現をするときにも「言語」ということばを表現というカテゴリーにおいて用いている。

言語学に関心のない人やポストモダン思想に興味のない人たちの「言語」「言葉」ということばについての感覚はおそらく私のそれと似たようなものだろうと思う。そういう人が、何の先入観もなくソシュールを読んだり、ポストモダンの本を読んだりしたら、きっと戸惑うことであろう。

私は、ソシュールを読むときにはその点に留意する――「言語」とあったら「記号の体系」ないし「言語規範」と読み替えるように心がける――ことにしていたし、今もその心がけを忘れてはいないのであるが、実はその心がけがあだとなってしまった。『一般言語学講義』第II編第4章「言語価値」§1「音的資料へと組織された思想としての言語」の内容を私が誤読してしまった原因は、そこに書かれている「言語」をすべて「記号の体系」ないし「言語規範」と読み替えなければならないと思い込んでしまったところにある。

その思い込みがどのような誤読を招いたかについては次稿で。